新興国の立場から見れば、資金の海外への流出が一段落したことと、従前のように、海外から膨大なリスクマネーを呼び込み、成長の糧としていた状況が再現されることには、かなり大きな落差が存在していることを示唆していよう。
繰り返せば、パニックは終わった。
しかし、比較的短期間で収束したパニックが、複数の国をIMFの傘の下に押しやった。
いわば先に触れた、ある金融機関が破綻し、市場が次はどこかという疑心暗鬼に包まれる状況が、国レベルで起こってしまったに等しい。
新興国に供給されるカネに一段のリスクプレミアムを上乗せさせる要因であり、やはり新興国に対するカネの巡りが正常化するには相応の時間が必要となろう。
ただし、IMFへの資金要請を行う新興国が続出するという、一時懸念された状況は回避される可能性が高くなっている。
流動性を巡るパニックと急激な資金流出が一応の収束を見たことはここからも確認される。
むしろ、カネの問題の焦点は、国境を越えた資金流出ではなく、各新興国内での貸し渋りに移行しつつある。
それにつれて、実体経済についての主たる懸念の対象も外需から内需に移りつつある。
Lショック発生の後、まず聞かれた企業の悲鳴は、対外債務を抱えた、例えばロシアの大企業が債務のロールオーバーに窮し政府に援助を求めるなど、グローバル金融市場の混乱の直撃を受けるケースが専らであった。
しかし二月頃から、金詰まりの範囲が広がっている。
例えば、ブラジルでは、金融機関が自動車ローンの最長返済期間を、これまでの七二ヵ月から三六カ月へ短縮させている。
利用者からすれば、これは月々の返済額がほぼ倍増することを意味しているから、購入を断念する人が続出するという事態になる。
ブラジルの銀行は自己資本比率が高く、システミックリスクが発生する危険性は限定的である。
新興国の銀行部門は、国内景気の好調さからアメリカの証券化商品等に手を出す必然性がなく、現時点でのバランスシートの傷みがほとんど見られないと先に述べたが、ブラジルはその典型と言ってもよい。
それにもかかわらず、貸し渋りは発生する。
なぜか。
一つには、自国経済の高成長に伴う信用創造の急増に、預金の増大ペースが間に合わず市場調達が上手くいってないようであった。
増結果として資産・負債の期間のミスマッチが拡大、流動性リスクが増大したことが挙より重要と考えられるのが、景況感の著しい悪化である。
減速にとどまるか、失速、リセッションに陥るかはともかく、銀行だけではなく企業、家計を含めた各経済主体の景況感が着実に下方修正されている。
株価、為替レートが急落し、世上では世界恐慌の再来といった声が飛び交っている。
このようななか、銀行は借り手の返済能力の劣化に懸念を持ち始めている。
高い自己資本比率を誇る銀行は、その高い健全性を維持するために、従前通りに貸出を行うことをためらうようになっている。
先行きの景気悪化が懸念される中で、有事に対するバッファーを確保しなければならない。
高い自己資本比率、バランスシートの「現時点での」健全性を保つことは平時以上に重要になっている。
これが貸出条件を厳格化させている。
借り手である企業は、まずは需要の減少、ないしは産出価格の下落圧力に直面している。
これ自体、投資計画の再考を促す要因であるが、外国資金の取り入れの困難化、国内銀行の貸出態度の変化に直面し、手元資金を厚めに確保する誘因を高めている。
結果的に投資計画の先送りや撤回に拍車がかかる。
景況感の悪化がカネの巡りを媒介として、内需にはっきりとした抑制圧力を及ぼし始めている。
際立った実例が自動車販売である。
年率二桁増が当たり前だったBRICSの自動車販売がここに来て急減している。
図にあげたのはインドとブラジルであるが、いずれも一○月以降、急ブレーキがかかっている。
なかでもブラジルは、既述のように二○○八年の秋までは景気絶好調という状況にあった。
七〜九月期の実質GDP成長率は前年比六・八%の増加と、前期(六・二%)から加速さえしている。
したがって、失業率は低下傾向にあり、雇用・所得環境からは自動車販売の急減は説明できない。
やはり、ローンのアベイラビリティの問題、景況感の悪化の結果と見るべきだろう。
一○月はおよそ二年半振りの前年割れ、二月は前年比二八%減という、凄まじいスピードでの自動車販売の縮小である。
インドは二○○七年、既に景気の加速は止まっており、循環的にはブラジルとは異なる局面にあるが、自動車(乗用車)販売は二○○八年半ばまで、年率一○%内外の増加を何とか維持してきた。
しかし一○月にはやはり底割れというべき状況に陥っている。
二月の減少幅はブラジルに匹敵する前年比マイナス二四%である。
こうした最終需要の急減は、当たり前だが企業の設備投資計画に大幅修正を迫る。
企業収益が圧迫され、それは家計の所得・雇用環境の悪化をもたらす。
カネの巡りが密接に関係する高額商品・耐久財を引き金とした需要の減少は、より広範に波及し、二○○九年の新興国経済を厳しい停滞に導くことになりそうである。
付け加えれば、以上のように、既に新興国の内需の痛みは先進国に比べればマシとは言い切れない状況にある。
そして、同様の痛みは広範に及びつつある。
従って、外需依存度の低さ、なかでも先進国市場への依存度の低さ、および輸出仕向け先の多角化などは、既に各新興国経済の安全弁としては機能しにくくなっている。
特に、二○○八年秋の金融危機の深刻化以降、新興国の実体経済の落ち込みが急速に進んでいることにはよくも悪くも注目すべきであろう。
今回のショックの起点はあくまで先進国であり、景気の停滞がいち早く明らかになったのも、やはり先進国である。
しかし、景気落ち込みのペースにおいて、新興国は急速にキャッチアップしつつある。
その分かりやすい例が既述の自動車販売である。
二○○九年の新興国経済がかなり厳しいものになり、個別国ではマイナス成長に陥るところが続出する可能性が高い。
しかし既に確認される落ち込みの速度は、調整期間を短縮させる要因でもある。
景気の停滞感が払拭されると見込むことは難しいが、二○一○年の成長率が二○○九年よりも悪くなる可能性は限定的であろう。
当面の新興国経済はかなり厳しく見ておく必要がある。
とはいえ、その先に全面的な崩壊が待っているわけではない。
悪材料が次から次へと噴出しているのは事実であるが、流動性の枯渇が米連邦準備理事会(FRB)の資金供給などによって緩和に向かったように、古い問題が一つずつ潰されていることも事実であるし、その結果、まだ出尽くしたとは言いがたいものの、IMFに駆け込む新興国が続出するという事態もとりあえず収束している。
これらの先に、回復の展望が開けてくとはいえ、最終的なキーワードは、ここでもグローバリゼーションである。
新興国が成長のダイナミズムを取り戻すかどうかを新興国のみに着目して占うのは適切ではない。
デカップリングがありえないのは、回復過程においても同じだということである。
先進国を中心とした外国企業、外国資本は、二○○七年までの新興国経済の活況に大きな役割を演じてきた。
その背景には、一つには無論、新興国の高い成長と成長期待がある。
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